乃木坂46 10thバスラ雑感&個人的な整理

※本記事は個人の感想や雑感を記載しているだけのもののため、内容、価値観、推し等々にかなり偏りがございます。あまり深く気にしないで読んでください。

 

 

乃木坂46 10Th Year BirthDay Liveを見てきました。

 

 

 

めっちゃよかった・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

結局今日一日余韻に浸りすぎてまともに仕事になりませんでした。

(やることはやったから許して‼)

 

 

というわけで、今回初めて乃木坂ちゃんのライブを現地で見させていただいたのですが、まともにハマって1年経っておらず曲と乃木坂工事中くらいしかまともに追っていない人間が楽しめるのかな???と割と不安でした。

 

 

 

チケット取った過去の自分を褒めたい。感謝しかない。よくやったよお前。

 

それくらい最高なライブでした。

 

 

正直全曲全演出全メンバーについてコメントさせていただきたいけど、そんな体力はないので今回はざっくりと。

※おもっきり内容に触れるのでディレイで初見する人は自衛願います。

 

 

 

雑感

 

すごかった……ほんとにすごかった……

一曲一曲の歌唱やパフォーマンスはもちろん、音響、照明、映像等々の演出まで何もかもが素晴らしかった。

Day1のMCで「どの席でも神席だったと言えるように~~~~」とメンバーが話していたけど、ほんとにその通りで、もう、あの空間自体が神だった。神空間だった。そりゃ神降臨してましたしね。そりゃそうだ。あの唐突な謎映像は乃木坂の伝統なのだろうか。でも仕方ないか。飛鳥ちゃん神だし。

 

 

 

今回は2Daysとも見切れだったので、しっかりとステージ全体が見えたわけではなかったですが、それでも、曲中に現メンバーの背中越しに見える卒業生たちの映像や、曲ごとにその温度感や強度が変わる計算されつくした照明、どの席でもちゃんと不足なく観客を包み込む音響。

あれだけの会場では考えられないくらいに完成されていた演出でした……スタッフの皆様本当にありがとうございます。生オケとんでもなく良かったので今後も何卒……生オケ夜明けのイントロじゃないと満足できない身体になってしまった……

幕間のナレーションも山寺宏一さんとか佐倉綾音さんとかが担当されていて、まさか乃木坂のライブでこんな方々のお声を聴くことができるとは、と勝手に感動していました。ちょろいたまに聞いてたよあやねる。

 

 

 

そしてメンバー、みんな本当にめっちゃくちゃ練習してきたんだろうな、というのを感じることができて最高だった。みんな忙しい合間を縫って練習をして、寝る間も惜しんで走り続けて、大雨の中リハをして、そして当日も最高のパフォーマンスを出し切る。

ステージを走り、やぐらを駆け上がり、それでもずっと笑顔を届けてくれた。

泣いちゃう……ありがとう……ほんとにありがとう……

 

 

 

 

 

 

あとこれだけは言いたい。

みんなめっちゃかわいい。

すごいかわいい。マジで。

顔ちっちゃすぎスタイル良すぎ身長高くなくてもただただかわいい。

かわいい。顔が良い。

あんなにかわいいのにめっちゃ努力してて7万人の前で堂々とパフォーマンスできてなんならカッコいいとかなんなんだ。もはや怖い。

 

まあそうやってファンが思えるのも、卒業生含めあの子たちが10年という歳月を走り続けてきてくれたからであり、それを支えてきたスタッフ様方やファンがいたからだなと思うと、頭が上がりません。皆様に感謝です。

 

 

アイドルはいいぞ。

 

 

よくわからなくなってきたので次へ

 

 

 

 

受け継ぐこととは

ちょうどよく(?)10年という話がでたので。

10thということもあり、ライブの随所にこれまでの軌跡を感じさせる演出が組み込まれたいました。

卒業生がたくさん来たり(まさかあんな方々を生で見られるとは思っていませんでした。)、みんなのペンライトで文字を作ったり、今までのライブ映像が流れていたり等、沢山の時間を積み重ねなければ叶わない演出がこれでもか!と入っていて、そのどれもに歴史の長さを感じ感動していました。

 

 

 

そしてここからは超個人的な話。

 

 

 

「日常」めっちゃよかった……………

わたくし、久保史緒里さんを推させていただいている訳なんですけども、

すごかった

 

 

ほんとに

 

 

パフォーマンス的な面でいえば、彼女の歌唱力はもちろん素晴らしく、歌い上げるタイプの曲でなくともあれだけの歌唱を見せてくれて担当としては感無量でした(乃木界隈では担当って使うのか?)。

そしてあの表情管理。天才。素晴らしい。あの鬼気迫る表情、日常に押し流されることへの抵抗、苦しみ、少しの諦観とそれでもなおあがき続ける強さを感じさせる瞳、どれをとっても素晴らしかった。

先日卒業された北野日奈子さんの「日常」もとても大好きで、そして個人的に推していた(今も好きだけど)新内眞衣さんも好きな曲だと話していたこともあり、私としては追っている期間がかなり短いなりにも思い入れの深い曲でした。

 

 

無論、「日常」を披露するのであれば、久保さんがセンターでやってほしいな、という思いはありました。しかし実際本当にやるとなると、こう、かなり来るものがあって。

 

 

直前の幕間映像からまさかな……と思ってはいましたが、「日常」のイントロがきた瞬間一気に心拍数が上がり、(見切れ席でメインステージが見えなかったので)モニターが暗転から開けた際に久保さんが映し出され、思わず膝から崩れ落ち一旦着席しました(同行者よ心配かけてすまんかった)。

 

 

そこから何とか立ち上がってパフォーマンスを見ようとしましたが、聞こえる歌声と映像が目に入った瞬間今度はボロ泣きしてしまい、完全にキツいオタクと化してしまいました。

でもそれくらい嬉しかったし、パフォーマンス自体も既に↑で書いたように素晴らしく、完璧にやられてしまいました。

 

 

 

と、パフォーマンスを振り返ったところでここからは解釈の話。

 

 

 

「日常」は電車をテーマにした曲な訳で、曲自体はいつも通りの日常(曲名ではなくeverydayな意味の方)に流されることなく抜け出したい、というものなんですけども。

 

 

よく言われることではありますが、「電車」は正に「物事が続くこと・連なること」という意味を持つものなんですよね。実際、トレーニング(Training)は一定期間続けないと効果が出ないことから、「Train」という単語が元になっているということもあります(聞いただけの話なので本当かは知らんけどそれっぽい)。

そういうこともあり、電車をテーマにして、その継続性や連続性を唄う歌というものもちょこちょこある(気がする)。

うちの地元では1両編成だったし廃線になったけど(過疎)。

 

 

詞の内容ではなく「電車」というテーマに焦点を当てた時、この楽曲がどんな意味を持つのか。その答えが、先般の10thライブで現れていたのかなと思いました。

 

 

列車は必ず次の駅へ。では舞台は?あなたたちは?

「劇場版 少女☆歌劇レヴュースタァライト」より

これは引用のとおり「少女☆歌劇レヴュースタァライト」というアニメの中に出てくる一節です。

あるひとつの目標を達成した後、次の目標が見つからず足踏みしている舞台少女たち(キャラクターたち)に、ある登場人物(人物?)が投げかけるセリフです。

「舞台少女」とは、演劇の世界で「トップスタァ」になることを目指す子たちと作品の中で話されており、舞台の上で生き、舞台の上で死ぬことを選んだ存在であるとも話されています。

ひとつの舞台・公演が終わっても、変化をし続け、さらに次の、またさらに次の舞台に立ち続ける。その舞台に立つものとしての歩みは、まさに電車のように連なり、次の駅へと向かうようなものだ、と。

 

 

現実のアイドルたちも同様で(シェイクスピアに言わせれば全ての人がそうなのだけれど)、ステージに立つことを選び、ステージで死ぬ。ステージから降りれば、彼女たちはアイドルではなくなる。

そしてそれは、「乃木坂46」というグループにおいても同様で。

メンバーがステージに立たなければ、グループは終わる。

乗客を入れ替えながら、次の駅、次のステージ、次のライブへ。

そうやって変化を遂げながら、先へ進んでいく。

 

 

その楽曲のセンターが務めるメンバーが卒業をしたあと、現メンバーがその位置に入りセンターを務める。センター曲に限らず、どの楽曲であってもそうだし、センターのメンバーだけの話でもないし、なんなら楽曲だけに捕らわれず、そもそもグループ内の立ち位置だって変化をしていく。

そうやって、一日一日の変化を積み重ね、1年、3年、5年、そして10年と時が経ち、今に至っている。乃木坂46とは「変化」の歴史であり、変わることこそが歴史を刻むキーになっているのだな、と。

 

 

制服のマネキン」のセンターが遠藤さくらさんに受け継がれたように、

シンクロニシティ」のセンターが梅澤美波さんに受け継がれたように、

そして今回引き合いに出した「日常」が久保史緒里さんに受け継がれたように、

誰もに平等に過ぎる時間の中で、変化を積み重ねてグループという電車を走らせていく。それはこれまでの10年間もそうだし、これからの10年間もきっとそう。

 

 

だからこそ大事なことがあって。

「じゃあその電車を走らせる燃料はなにか」。それこそファンであり、観客であり、観衆やその声なんですよね。

ステージの上に立つということは、そのステージを見る人がいなければ成り立たない。

観衆という燃料を燃やし、電車は走り続ける。

 

これだけの巨大コンテンツなので、まあ当分は燃料が尽きることはないとは思っていますが、超個人的な想いといしては、どうせなら良質な燃料でありたいということです。

良質な燃料であればあるほど燃焼効率、つまりステージの上での熱量も良くなる。

あの子たちが命を削って、燃やして走っているのなら、どうせならいい燃料を補給してほしい。いい燃料がどういうものなのかは、まあ、人それぞれなんですが。

 

 

 

収拾がつかなくなったのでここまで。

何が言いたかったかというと、ライブサイコーでしたってこと。

 

 

おわり

 

 

 

 

 

 

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P.S.

ここまで書いていて思ったのが、元々の「日常」の歌詞って「電車降りてぇ!!!」って言ってるんだよなってこと()。

細かいことは気にしないでください!!!